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勘十郎堀跡

勘十郎堀

運河の名として残る松波勘十郎は、藩政改革の請負人として水戸藩に呼び寄せられ、宝永の改革を一任された男です。その中心といえるのが、「紅葉運河」と「大貫運河」の2本の工事でした。江戸・東北間の物資輸送の重要な場所に運河をつくり、その通船税で藩の財政を、立て直そうとしたのです。紅葉運河は、涸沼西岸の海老沢から北浦にそそぐ巴川流域の紅葉(旧鉾田町)に至る約10キロメートル。大貫運河は大貫(大洗町)から涸沼川までの約1キロメートルです。しかし、大地を人力で掘り下げる紅葉運河の大工事、農民たちを苦しめました。日雇い銭も支払われず、やがて一揆に発展し、改革は宝永6年(1709)1月中止となりました。

所在地

茨城県東茨城郡茨城町城之内

指定

種類

史跡

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